風の噂で、あいつが倒れたと聞いたのが二年前。


そのことをずっと忘れてて、思い出したのがつい二分前。


なんだ。あいつ。ぴんぴんしているじゃないか。





「一体いつの間に退院したんだ? 獄寺」


「え…? あ、リボーンさん!?」



オレが声を掛けると、あいつは素っ頓狂な声を出した。


…そんなに驚くようなことか? 確かに昔からあまり相手にしてなかったが。



「…お久し振りですね。えっと…すいません。退院とは…なんのことでしょうか」


「は?」



なんだこいつ。


ぶっ倒れた時脳髄でも垂れ流れたか?



「…二年前、お前ツナを庇って撃たれたんだろ? で、それからずっと植物人間になってたって話だ。覚えないか?」


「10代目………ああ、そういえばそんなこともあった気も…そうですか、もう二年も…経ったんですね…」



どうやらこいつ、目覚めてまだ日が浅いみたいだな。


つーかマジでついさっき目覚めたばかりかも知れねぇな。



「…その分じゃ、現場復帰は遠そうだな」


「そうですね。もしかしたら一生来ないかも知れません」



…妙に達観した顔で言うもんだ。


今の今まで植物人間だったからか?



「身体に不備でもあるのか?」


「そのようなものです」



本気で達観してるな。こいつ。



「…まぁ、こうして起きれたんだ。そんだけでも儲けものだろ」


「そうですね。…儲けものどころか、奇跡といっても過言ではないかも知れません」



…奇跡?



「そこまで絶望的だったのか?」


「そこまで絶望的です」


「そんなもんか」


「ええ。だってこんなにも広いアジトの中でリボーンさんに見つけて頂いて、しかも話しかけて貰って、更に会話までしています」



………ん?



「奇跡です」


「待て。獄寺。今何の話だ?」


「奇跡についてですね」


「…オレとこうしていることが?」


「はい」



んな、きっぱりと言われてもな…



「…別に奇跡でも何でもねーだろ…」


「何を仰ってるんですか。考えてもみて下さい。…貴方とオレが知り合ってから今日までの間に、会話と呼べるレベルのものが一体いくつあったでしょう」



……………。



「…数える程度はあるんじゃないか?」


「たぶん両手で足りますね。しかも今日はまるで世間話です。たぶん、初です」


「初か」


「ええ。初です」


「………」


「奇跡です」


「…分かった分かった」



まったく、こいつは一体何を言っているのか…



「はぁ…オレはもう行くぞ。こう見えて、オレは仕事中なんだ」


「ええ。どうぞオレのことなど気にせず行ってきて下さい。オレはたぶん、ずっとここにいます」


「ずっとか」


「ずっとです。…でも、もしかしたら消えてるかも知れません」



どっちだよ。



「…はぁ。じゃあな」


「はい」



―――そうして、その場でオレと獄寺は別れた。


フロアを出る前に一度だけ振り返ると、そこにはやっぱり獄寺がいて。手を振り返してきた。


子供か。あいつ。





そしてその日の夜。


オレは仕事の報告の為、ツナの執務室へと訪れた。





「…ああ、リボーン…待ってて、もう少しでこっちも片付くから」


「それは構わないが…」



目の前にいるツナはいつも通りだ。



―――二年前、獄寺が倒れたとき。


理由が理由だったからか、こいつの取り乱しようといったらなかったらしい。


…といってもそのときオレはボンゴレから離れていて、実際目にしたわけではないのだが。



「…ん? なにリボーン。なんか用?」


「いや…」



…こいつが何も知らない。ということは流石にないだろうが…


だけどこいつ、獄寺が目覚めたと知ったら仕事なんて放り投げて飛び込みそうな気が…



「…ツナ」


「ん?」


「……今日、獄寺と会ったぞ」



ツナは少しだけ驚いたように目を丸めて…オレを見た。


けれど。



「へぇ。リボーンが? 珍しいね」



ツナの声にも態度にも動揺は見れず。それどころか、



「オレも会ったよ」



などと笑顔で返された。





なんだ。あいつ結構前から起きてたんだな。





「今日は元気な方だったね」


「そうなのか。…ま、確かに元気そうだったな」



言いながらオレは昼間会った獄寺を思い出す。


どこかぼんやりしていたが、それでも寝たきりだったという状態から考えれば大分回復したのだろう。



「それにしても…まさかリボーンから獄寺くんの話題が出るなんてね。びっくりした」


「そうか?」


「だってリボーンから獄寺くんの話をしだしたことなんて、今の今まで一度たりともなかったでしょ」



…そこまで言うか。


流石のオレもそこまでは………。


……………。



…なかったかもな。



「どうしたの?」


「なんでもねぇ…」



…今度獄寺を見かけたとき、時間があったら話しかけてやるか…





そう思っていた次の日。


昨日と同じ場所で、獄寺を見つけた。





「獄寺」


「え? あ…リボーン、さん…」



…で、なんでこいつはまた驚いてるんだ…



「すごい…奇跡です」


「あ?」


「二日連続でリボーンさんから話しかけられました…初です。昨日から初物ばかりです。奇跡です」



…安い奇跡だな。



「…はぁ…ってそういえばお前、昨日言ってた通りに本当にここにいたな。寝てなくていいのか?」


「……………」



なんで黙り込むんだ。


あれか。本当は寝てないといけないのに、実は無断で起きだしているのか。



「…そんなことよりも…ですね。リボーンさん」


「あ?」


「10代目…オレ以外を絶対に右腕にしない、って仰ってるんですけど…本当にそのつもりなんでしょうか…」


「ああ…」



そういえばそうだった。


あのバカツナは獄寺がぶっ倒れてからずっとひとりだ。


代理の右腕すら認めねぇ。



「そうだろうな。実際お前が倒れてから今日までずっとそうなんだから」



オレがそう言うと、獄寺は酷く辛そうな顔になった。


…こいつのキャラからすると、ここは喜ぶところなんじゃないのか?


こいつはずっと。それこそ10年も前からあいつの右腕になることを夢見ていたんだから。



「…リボーンさん…リボーンさんから、10代目に言ってくれませんか…?」


「? なんて」


「…オレはもう切り捨てて下さい、と…新しい右腕を作って下さいと…」



珍しく、思い詰めたような表情で言ってくる。


それほど…こいつの現場復帰は絶望的なんだろうか。


……………。



「―――自分で言え。オレは伝言板じゃない」


「…やっぱり貴方は、オレには冷たいですね」


「そうか?」



これぐらい普通だと思うが。


それにこれはこいつとツナの問題だ。


部外者であるオレが間に立つ必要性が、どこにある?



「………」



獄寺は黙っている。


目を閉じて、何かを考えている。


そして―――…



「―――オレの声…」



「ん?」


「オレの声は…10代目に、届くでしょうか」



…? 言葉の意味がよく分からないな。


獄寺が何か言ったところで、ツナがそれを承諾するとは思えない…って言いたいのか?



「…オレが言うよりは、マシなんじゃねぇのか?」


「そうでしょうか」


「ああ」


「………」



まぁこれで、ツナにも新たな右腕が付いて少しは楽が出来るな。いいことだ。



「では、その折にはよろしくお願いしますね。リボーンさん」


「…何の話だ」


「右腕継承の話です」



って、オレかよ。



「リボーンさんなら、オレも安心です」


「…勝手に決めるなよ」


「いいじゃないですか。右腕の代わりのようなものをリボーンさんがやっているんでしょう?」



んなこと誰に…って、聞くまでもねーか。



「…ツナか」


「ええ。10代目がそうぼやいていました。…右腕の代わりのようなものが、本当の右腕になるだけですよ」


「いつまでもやってられるか」


「お似合いですよ」


「嬉しくねぇ」



こいつ…こんなに強引な奴だったのか?



「はぁ…オレはもう行く。じゃあな獄寺」


「はい。いってらっしゃいませリボーンさん。…オレはここから、リボーンさんのご無事をお祈りしています」



要らねぇ。寝てろ。獄寺。



オレはため息を吐きながら歩き出す。


フロアを出る前に一度だけ振り返ると、そこにはやっぱり獄寺がいて手を振り返してきた。


子供だな。あいつ。





それから暫くは、獄寺と会うことはなかった。


あそこではない、別の場所に行ったのか…


それとも…病状が悪化して、また医務室に戻ったか?


たぶん、後者だろうな。


―――獄寺の姿が消えた日から、ツナに落ち着きがない。


何かに焦っていて、無理に時間を作ってでもどこかへ行こうとしている。


恐らく、獄寺のところだ。


何かに急かされるように、余裕なく仕事をこなしていくツナ。


…いつしか、そのフォローをするのがオレの役目になっていた。


事情を知らない者が見たら、オレがツナの右腕なのだと思うのだろう。



………右腕、か…。





それから更に暫くして。


ツナが幾分か落ち着いた。


そしてそれとほぼ同時に。


獄寺と会った。




―――いつもの、あの場所で。





「久し振りだな」


「あ、リボーンさん…」


「奇跡、とか言うなよ。それはもう飽きた」



先に釘を差しておくと、獄寺は言葉を忘れてしまったのかのように口を開いたり閉じたりして…



「………奇跡でなければ、なんだというんですか?」



と言った。


…って、本当にそう言うつもりだったのか…


つーかそこまで無垢な表情で返されるとは思わなかったな。



「…偶然の積み重ねだ」


「なるほど…」



適当に返したら納得された。


やっぱり馬鹿だな。こいつ。



「こんな所ほっつき歩いてて大丈夫なのか? 体調が悪化したんだろう?」


「…よく、分かりませんが…たぶん、大丈夫ですよ」



たぶん、全然大丈夫じゃねぇなそれは。



「はぁ…その分じゃあ、案外復帰出来るんじゃねぇのか? で、お前はまたツナの右腕だ。オレも面倒ごとから解放されて万々歳だ」


「あはは…。だと、本当に嬉しいんです、け…ど…―――」



…と、不意に―――…獄寺の顔から、表情が消えた。


喜怒哀楽が抜け落ちてしまったかのように、色のない顔になった。



………?



獄寺の視線の向く先。


その先には…



「あれ? こんな所で会うなんて珍しいね。リボーン」


「って、なんだツナか」


「なんだって…仮にもこのアジトのボスになんだはないでしょなんだは」


「とんだ期待外れだ」


「何を期待してたのさ!!」


「何って…」



獄寺が珍しい顔をしたものだから、それ相応のものが飛び込んでくるかと思った。


そう言おうとして…何か違和感に。気付く。



…なにか…おかしくないか?


なんで、こいつ…



急に黙り込んだオレを見て、ツナが不審がる。



「? どうしたの? リボーン」


「どうしたってお前…」


「?? …ま、いいや。オレ行くところがあるから。じゃあね」



言うが早いかツナはそのままオレと獄寺の間を通って去ろうとする。


獄寺は無言のままだ。



「―――ツナ」


「ん?」



思わず、呼び止めた。…何を言うかも考えてなかったくせに。



「………どこに行くんだ?」



少し考えて口にした言葉。それにツナは取り分け表情を変えることもなく。



「どこって、決まってるでしょ? 獄寺くんのところ。毎日お見舞いに行ってるって、リボーンも知ってるでしょ?」



なんて当たり前のように言い放って。ツナは今度こそ"獄寺のところ"へと向かって行った。


…ツナは、一度たりともオレの隣にいる獄寺に目を向けることはなかった。





「…どういうことだ? これは」


「………」



静かに問い掛けるも、獄寺は黙ったままだ。無言でツナの去って行った方向を見ている。



「…獄寺。オレの質問に答えろ」



獄寺はそれでも暫くは黙ったままだった。


だが、やがて…獄寺は目線をそのままに、静かに口を開いた。


言葉を捜すように、ゆっくりと。





「―――あの、ですね。リボーンさん」



「…オレ、気付いたらここにいたんです」



「どうしてここにいたのか。ここにいる前はどこにいたのか。何も思い出せませんでした」



「でも、不思議とそのことに不審も不安も持ちませんでした。自然に受け入れられました」



「ずっといました。ずっとずっと、オレは"ここ"にいました」



「そしたら、ある日………」





「オレの目の前を、シャマルが通りました」





   シャマル?





オレはシャマルに声を掛けました。


だけれどシャマルは、オレの方など見向きもせずに気付きもせずに歩いていきました。


…最初は、忙しいんだろうと。そう思いました。それでオレに気付かなかったんだと。


だけど、それから暫くして…


今度は姉貴が訪れました。


オレは身構えました。



…けど。



姉貴は、オレの目の前を…素通りしました。


ほんの、数センチ前を素通りしました。


姉貴はオレの存在に…気付きませんでした。





1.傍観する


2.「……………」