そういえば昔、いつだったか獄寺がオレを起こしに来たことがあった。


いつもならば誰かが部屋に入る前に起きるのだが、そのときは運が良かったのか悪かったのか、仕事疲れで珍しく深く眠っていて。


カーテンを開く音で気が付き、朝日の眩しさを目蓋越しに感じて目が覚めた。


思えば、誰かに起こされるなど初めての経験だったかも知れない。


だからだろう。オレがあのときの獄寺の顔も、声も、台詞ですら今でもよく覚えているのは。



「おはようございますリボーンさん。今日もいい天気ですよ」



…けれども今、あいつはいない。


あいつはもう、オレを起こしに来ることなどない。


自分から起きてくることなどない。


意識を取り戻すこともない。


あの声を聞くことも。


あの笑顔を見ることも。


もうないんだ。


だから―――



「おはようございますリボーンさん。今日もいい天気ですよ」



今目の前にいるこいつは、あいつでは決して有り得ない。


たとえこいつが、獄寺隼人以外の何者にも見えなくても。


オレは目の前にいるこいつを、決して認めるわけにはいかない。


…たとえ、こいつ自身に何の罪がなかろうとも。





「…? オレの顔などじっと見て如何なされましたか? リボーンさん」


「朝から嫌なものを見たな、と」


「あははははは。まぁそう言わず」


目の前には獄寺隼人によく似た、けれど獄寺隼人では決して有り得ない人物がいる。


これの正体はボンゴレがツナに命じられて作った、ただの鉄の塊。それだけの代物だ。


けれど。


「昨夜は随分と暑くて寝苦しい夜でしたけど、リボーンさんは大丈夫でしたか?」


「お前はオレをなんだと思ってるんだ? 暑さぐらい何の問題もない」


「そうですよね、すいませんリボーンさん」


こいつの返してくる仕草は、本当にあいつそっくりで。


……………。


「? どうされましたか? リボーンさん」


「うるさい黙れ。もしくは死ね」


「あ…あはははははははは」


ああ、クソ。



本当にあいつそっくりだ。





昔、戦場に出た際。オレは二つのものを失った。


一つは片足の自由。そしてもう一つは…


オレの、恋人だった男。


あいつは、今……


「…リボーンさん? もしかして寝惚けていらっしゃいます?」


と、眼前にひょっこりと現れたあいつそっくりな顔。


思わず殴って、視界から消した。


あいつは壁まで吹き飛び、強く身を打ちつけているが構わない。


あれはあの程度ではびくともしない。


「い…たい、ですリボーンさん…」


「悪いな。寝惚けてたんだ」


「ううう…」


痛そうに呻いているが、はてこいつに痛覚などあるのだろうか?


無機物であるこいつに。


目の端に入ったあいつの手には、今の衝撃でか傷が付いていた。


日に日に人間に、獄寺に近付いていくこいつは昔のように金属部が露になったりしない。


ツナたちが、それを良しとしなかったから。


あいつの破けた人工皮膚から赤いものが滴り落ちる。


オレは気にせず、立とうと傍に置いてある杖を取る。と、目敏くあいつはオレに近付いて寄り添う。


そう、オレがなんと口汚く罵ろうと嫌味を言おうと、こいつがオレから離れない理由はこれだ。


こいつの役目は、不自由になったオレの補佐。だからこいつはここにいる。


こいつは命令には逆らえない。オレも…ツナには負い目があるから強くも言えない。


…いや、違うか。


"負い目"だなんて都合の良い言い訳に過ぎない。


オレはただ言及されたくないだけだ。



獄寺を守れなかったことを。





オレの普段の業務にもこいつは着いてくる。当たり前だ。それが補佐というものだ。


便利だと、そう割り切ればいい。使い勝手のいい補助具があるのだと。


そう思おうとした。…けれど、そう容易に出来るわけもなかった。



リボーンさん。



あいつは、オレを呼ぶ。



リボーンさん。



あいつと同じ声で、オレを呼ぶ。



リボーンさん。



あいつとまったく同じ姿で、オレを…



「リボーンさ―――」


「うるさい!!」



苛立ちにか、杖を持ってない方の拳を振るわせた。


壁に拳が当る。ふと横を見れば、オレに声を掛けてきたあいつはオレの行動に驚いたのかやや怯んでいた。


「す…すいませんリボーンさん。…あの、10代目が、呼んでました…」


「…ツナが? ―――すぐ行く」


オレは踵を返して歩き出す。一呼吸置いて、



「…ごめんなさい、リボーンさん」



…ああ、クソ。


しょげているときは「すいません」から「ごめんなさい」になる癖まで折り込み済みか。





「ツナ。なんか用か?」


「やぁリボーン。足の具合はどう?」


「下らない世間話に興味はない。用件だけを話せ」



オレがそう言う間も、ツナはニヤニヤと笑っている。…嫌な笑みだ。


…ツナがこうなったのは、獄寺がああなってからだ。つまりは………オレのせいだ。



「ま、いいや。あのね、一つ仕事を引き受けてほしいんだけど」


「…仕事? いつからだ」


「明日。あと帰ってくるまでに暫く掛かるかも」



明日…? 随分と急だな。


しかも"帰ってくるまで"ってことは遠出の任務ということか。



「引き受けてくれる? リボーン」



拒否権があるような台詞に聞こえるが………さて。





1.引き受ける


2.引き受けない