リボーンさんが、とても大きな抗争へと行きました。

オレは別の仕事に出ていたので、リボーンさんと同じ任務には就けませんでした。


リボーンさんは怪我をして帰ってきました。病室で安静を命じられているそうです。

あのリボーンさんが怪我を負ってくるなんて、とオレはとても驚きました。

オレは急いで仕事を終わらせて、リボーンさんのお見舞いに行こうとしました。


だけれどどうでしょう。10代目がオレにまた別の仕事を任せるのです。


リボーンさんのお見舞いに行きたいのですが…と、オレにしては珍しく10代目に意見しました。

10代目の言うことであれば大抵のことは二つ返事で了承するオレが、です。

けれど10代目は苦い顔をして、「ごめん、でもこれ急ぎだから」と言いました。

確かに10代目の持ってきた仕事は重要度の高いものでした。


オレは一目だけでもリボーンさんの顔を見たかったな、と思いつつ仕事を先にすることにしました。

仕事を終わらせてからリボーンさんに会いに行っても遅くはないと思ったのです。





一応言っておくと、オレとリボーンさんには特別な関係はありません。むしろ周りよりも希薄かも知れません。

オレはリボーンさんを尊敬しているけれど、リボーンさんはオレのことなどどうでもよく思っているからです。


だっていつだって、リボーンさんはオレにだけ冷たいのですから。


それでもやはり、オレがリボーンさんにいつもお世話になっているのは事実で―――

…それに不謹慎ながら、リボーンさんの珍しい怪我姿を見たい気持ちもありました。


だけどきっとオレたちの関係は、その程度だったのです。


リボーンさんはオレのことなどどうでもよく思っているし、オレだってリボーンさんのことなんて、尊敬しているとはいえ結構どうでもよく思っていた。

つまりは、そういうことだったのです。





大きな大きな抗争から帰ってきたリボーンさんは、オレのことだけキレイさっぱり忘れてました。





「誰だ?」なんて無垢な表情で聞くのです。しかもオレ本人でなく10代目に。

10代目は「だから、何回も言ってるとおり、オレたちと同じリボーンの教え子の…」と説明していました。オレは10代目のお気遣いに心打たれて涙しました。



決して、リボーンさんに忘れられたのが悲しくて泣いたのではないのです。



突然涙をこぼしたオレにリボーンさんは驚いたようで、「どうしたんだ?」と言ってきました。心配そうな顔です。

そんなリボーンさんの顔なんて初めて見ました。


オレとリボーンさんはもはやかれこれ10年の付き合いになるというのに、です。


…ああ、どうしてでしょう。 どうして、オレはこんなによそよそしい態度のリボーンさんを見ると、とても悲しい気持ちになるのでしょう。

むしろ、ずっとずっと前から気に掛けて貰いたいという願望があったぐらいでしたから、オレは喜んでもいいはずです。

内心非常に混乱しているオレでしたが、態度には出ず代わりに冷静な声が喉から飛び出ました。



「失礼」



オレは涙を拭いました。


「あの名高いリボーンさんにお会い出来たのが嬉しくて、感激のあまりつい泣いてしまったようです」


10代目が不安そうにオレを見つめます。


「オレは、獄寺隼人と言います」


リボーンさんはオレを黙って見つめてます。



「初めまして、リボーンさん」



10代目の目が、見開かれました。


「――以後、お見知り置きを」


オレが手を差し出すと、リボーンさんは握り返してくれました。しかも笑顔のオプション付きです。



「ああ、よろしく」



オレはどうしてかまた泣きそうになりましたが、堪えました。

10代目が非常に辛そうな顔をしているのが、とても印象的でした。





10代目や他10年来のリボーンさんの教え子たちが、必死にリボーンさんにオレのことを説明しています。

だけどリボーンさんは首を傾げるだけでした。それもそのはずで、リボーンさんはオレ以外のことなら全てを覚えているのです。

いえ、リボーンさんからしてみればきっと自分が記憶喪失だという自覚はないのでしょう。ただ、怪我をしたから大事を取っているだけだと。


リボーンさんの中からオレだけが欠落してしまった。リボーンさんの中のオレは消えてしまいました。


リボーンさんがまるで他人行儀に、いえ、リボーンさんにしてみれば実際他人なのでしょうが、とにかくオレに接してきます。

気遣いを含ませた言葉と、優しさを混ぜたような笑みを向けられます。初めての経験です。


…もしかして。


ふと、目の前のリボーンさんを見ながらオレは思います。

もしかして、オレはリボーンさんに嫌われていたのでしょうか。

オレと10年過ごしてきた以前のリボーンさんと、オレのことを忘れてしまった今のリボーンさんとの態度の差はそう思わせるには充分です。

…まぁ、確かに好かれているとは、決して思ってませんでしたけど。


だけれどまさか、嫌われていたのでしょうか。


そのことに思いの他ショックを受けたのは、オレはリボーンさんを尊敬していたからです。

尊敬していた人に実はどうでもよく思われていたのではなく、嫌われていたのだと知ったからです。


そうに決まってます。


だけど、オレはそう悲観することもないのです。

リボーンさんの中の、馬鹿で弱くてよく吠える駄目な教え子の獄寺隼人はもういないのですから。

今リボーンさんの目の前にいるのは、ボンゴレに入ったばかりの、知り合ったばかりの獄寺隼人なのですから。


オレはこれからリボーンさんと知り合っていけばいいのです。

今からリボーンさんと新しい関係を築いていけばいいのです。

きっと以前よりも良い関係が築けます。

それはとてもいいことです。

だから、オレはそう悲観することもないのです。


なのに―――



どうしてオレは、ひとりになると泣くのでしょうか。

声を殺して、泣くのでしょうか。



そのときオレの脳裏にあの小馬鹿にしたような笑みを浮かべるリボーンさんの顔が浮かぶのは何故でしょうか。



胸が痛いのは何故でしょうか。

とても悲しいのは何故でしょうか。


昔のリボーンさんがとても恋しいのは―――――何故でしょうか。


それほどリボーンさんに関心があったわけでもないくせに。

むしろ、嫌いです。リボーンさんなんか。

あの異常なくらいの実力に一目を置いてるだけで、それさえなければ大っ嫌いです。

だって生意気だし、小さいくせに強いし、よくオレを馬鹿にするし、年上みたいな雰囲気持ってるし、10代目や山本の相手ばかりで全然オレに構ってくれないし。


嫌いです。


リボーンさんなんか、大っ嫌いです。

リボーンさんだって、オレのこと嫌いです。


オレたちの関係は、それだけです。

とても希薄な関係だったから、リボーンさんはオレを忘れたんです。


なんでもないです。

大したことないです。


なのに涙が止まりません。


好きじゃないのに。

嫌われてるのに。


好かれてないのに。

嫌いなのに。


なのに胸が痛いです。


頭の中を思考がぐるぐるループします。

そうしてオレは暗い部屋の中でひとり泣いて、明るい部屋の外で笑ってました。そんな毎日でした。





「また来てくれたのか」


そう言って、病室に訪れたリボーンさんはオレに微笑みかけます。あたたかい笑みです。

もしもただ怪我をしただけだったなら、きっと一瞥して終わりだったでしょうに。


「そういえば、ツナに獄寺の訓練成績見せてもらったんだけどな」


10代目たちのリボーンさんの記憶復活作業はまだ続いているようです。成果は芳しくないようですが。


「好成績じゃないか。特に射撃部分が目を引く」


そりゃオレはあなたの教え子ですし。射撃はあなた直々にご指導頂きましたし。

そう出掛けた言葉を飲み込んで、オレは礼の言葉を言いました。ありがとうございます。


「お前もオレの生徒だったら、鼻高かったんだけどな」

「な―――――」


オレは思わず言葉を失いました。だけど何とか立て直します。


「なにを、言ってるんですか」

「ツナたちの言う通り、お前も10年前からの付き合いだったらよかったのにと言ってるんだ」


10代目たちの言う通り、オレも10年前からの付き合いだったんです。


というか、実はリボーンさん本当は忘れたふりをしているだけなんじゃないんですか?


実は今、内心笑いを堪えてるんじゃないんですか?

本当はオレのこと忘れてないんじゃないですか?



―――――本当にオレのこと、覚えてないんですか?



言葉の羅列が、喉から飛び出ようとリボーンさんに突撃しようと暴れてます。

だけど堪えます。耐えます。我慢します。そういえばリボーンさんはアホ牛は覚えてるんだよな…オレは牛以下なのだろうか。少し落ち込む。

とにかく言葉を落ち着かせて、別の言葉に変換して、放ちました。


「10年前のオレは本当ガキでしたからね。案外、リボーンさんも呆れ果てて相手にするのは後回しにしたかも知れません」


というか、実際されました。


「お前の10年前ぐらい想像が付く。その上でオレは言ってんだ」


オレ実際あなたと10年前からいましたけど、後回しにされてました。

そう思ったことが通じたわけではないだろうが、リボーンさんは更にこう言ってきました。



「ああ、だけどオレは本当に好きな奴には素直になれないからな。素っ気無く当ってたかも知れない」



―――――。


オレはリボーンさんが言ったことが理解出来なくて、思考が止まって、言葉を失って、身体が固まりました。


「…どうした?」


リボーンさんに怪訝顔でそう言われて、やっとオレの時が動き始めます。


「…あ、……あはは。いえ、いきなり…好きな奴には〜なんて言ってきましたので、びっくりして」


自分のことでもないのに、とわざわざ付け足したのにリボーンさんは更にオレを混乱させます。



「なに言ってんだ。今お前の話だろ? オレは、お前結構好きだけどな」



…いえ、待って下さい。待ちましょう。待つとき。待て。ふぅ…


「…冗談ですね? 残念ですがオレは騙せませんよ」


リボーンさんは昔から人を驚かせるのが好きでした。きっとこれもその一環なのです。


「冗談? オレは結構本気だぞ?」


この人、やっぱり本当はオレを覚えているのでしょう。そしてオレをからかっているのでしょう。そうに決まってます。

きっと待っていれば「引っかかったな」とか「なにマジに受け止めてんだ?」とか言ってくるのです。さぁ早く言って下さい。

なのにリボーンさんはいつまで待っても言ってくれません。それに比例してオレの心音が高まっていくのは何故でしょう。


「…獄寺?」


黙り込んだオレを心配そうにリボーンさんが見つめてきました。オレは飛び跳ねるように椅子から立ち上がって、





1.「また明日来ますっ」


2.「何でもありませんっ」