「提案は有り難いが、家人の迷惑になるだろ」
「あ…」
リボーンはそう言い、踵を返した。
背後から獄寺の声が聞こえたが、止まらず進んだ。
死神の姿は通常の人間には見えない。
先程のごろつきは偶然今日死ぬ運命にあったからリボーンの姿が見え獄寺に不信がられずに済んだが、流石に家人には見えないだろう。
ややこしい面倒事は御免だった。
リボーンは一度姿を消し、獄寺の気配が屋敷の中に入ったのを確認してから近くの樹に登り屋敷を観察した。正確には屋敷の中にいる獄寺を。
家人は出払っているのだろうか、屋敷の中には獄寺しかいないようだった。通路を歩いている獄寺はどこか寂しげに見える。
夜は深ける。リボーンは樹の上から獄寺を観察している。
朝になった。
眠る必要も、食事を摂る必要もないリボーンはずっとそのまま樹の上にいた。寒さも暑さも、疲れすら感じないので何の不自由もない。
やがて屋敷を訪れる人間が一人現れた。まだ若い女だ。手慣れた手付きで屋敷の中へと入っていく。
樹の上からリボーンは観察する。女と獄寺が廊下で鉢合わせする。お互い無視して進もうとするが、獄寺がバランスを崩し転んだ。女がそれを見て笑う。
獄寺は怒り、拳を壁に叩きつけた。女は怯み、逃げるように廊下の奥へと消える。獄寺は険しい顔をしながら女と反対側、すなわち玄関へと向かった。
外出する気だろうか。リボーンが黙って見ていると予想した通り獄寺が出てきた。
リボーンは樹から飛び降りた。地面に足を付け、不思議に思う。
樹が、登りやすく降りやすいように細工されていたように感じた。
しかしまあ、自分の他に屋敷を、獄寺を観察しようなどという輩はいないだろうとリボーンは結論を下した。そしてそのまま忘れた。
樹よりも獄寺だ。リボーンは先回りして獄寺を待ち構える。
ターゲットと接触する時は約束事をしているなど必然性がない場合偶然を装わなければならない。死神のルールは面倒だ。
町中、さも偶然通り掛かりましたよという空気を出しながら、さてどう獄寺に声を掛けようかとリボーンが思っていると獄寺の方から声を掛けてきた。
「リボーンさん」
「ん? …ああ、獄寺か。偶然だな」
どうだこの返答。完璧だろうとリボーンが自画自賛している傍ら、獄寺はリボーンに嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「よかった、昨日の礼がオレ何も出来てなくて…気になってたんです」
「昨日の礼?」
「ええ」
どうやらごろつきを追っ払った事を言っているらしい。リボーンにとってはそれはもう終わった事で、更には忘れていた事だった。
「リボーンさん、昨日の宿はどちらに?」
「あー…」
何と答えようか悩むリボーン。まさか馬鹿正直に「宿は取ってない。昨日は一晩中お前の屋敷近くの樹に登って観察していた」とは言えない。流石にそれは言ってはいけない言葉である事ぐらいはリボーンは人間の事を理解していた。
そしてそんなリボーンの返答をどう受け取ったのか、獄寺ははっとした表情を作った。
「ま、まさかリボーンさん…」
「な、なんだ?」
まさかこれだけの会話で自分の正体がばれてしまったのだろうか。リボーンは戦慄した。この人間、かなり出来る…
「野宿なさったんですか!?」
「…ん?」
違った。ばれてなかった。しかしまあ、当たらずとも遠からずだ。野ではあるが、宿ではない。
否定しないリボーンを見て確信を抱いた獄寺はわなわなと身体を震わせた。リボーンはこれが人間名物空回りかと黙って見ていた。
「お、オレは恩人であるリボーンさんになんて事を…!! リボーンさん、今日こそは泊まって行って下さい!!」
「いや、家人の…」
「家にはオレ一人しか住んでません!!」
「使用人とかいるだろ…」
「朝の数時間しかいません!!」
リボーンは思い出す。朝、獄寺の住む屋敷に訪れた若い女。彼女の事だろうか。
今目の前にいる獄寺からは、あの時の険しい顔は想像出来ない。まるで別人のようにも見えた。
「…リボーンさん?」
「…ああ、いや、何でもない。なら、厄介になってもいいか?」
「喜んで!!」
獄寺は見るからに浮かれあがった。周りの人間が獄寺を奇異の表情で見始めたのでリボーンは獄寺の手を引き、その場を後にした。
そして、移動している間にやっぱりリボーンが獄寺の住む屋敷に厄介になる話はお流れとなった。
リボーンはこの町には獄寺が死ぬ日、すなわち明日までしかいない。
そして獄寺はその日、つまり明日は早朝から用があるらしい。
せっかくの客人を叩き起こすのは獄寺とはいえ気が引けた。自分が発った後も好きに過ごしていいと獄寺は言い掛け、しかしそうするとあのハウスキーパーと鉢合わせになるだろうと思い唸っていた。
「まあ、気にするな」
「ですが…!!」
獄寺は気に病んでいた。
結局、今日一日をリボーンの為に使うという事で獄寺は落ち着いた。リボーンはそこまでしなくともいいと言ったが、獄寺がしたいからするのだと言って聞かなかった。
獄寺はリボーンに町の案内をし、軽食や菓子を買い、細目に休憩を取った。どれもリボーンには不要の気遣いではあったのだが、リボーンは黙って受け取っていた。
獄寺の隣にいるのは、心地よかった。
そして明日、獄寺に襲い掛かる運命を思い出し、自分が獄寺に何をするのかを思い出してしまった。
明日死ぬ運命にある、獄寺。
獄寺の魂を回収する、リボーン。
今は隣同士、笑いあってすらいるのに。
明日にはもう、そんな事も出来ない。
「―――リボーンさん?」
突然呼び掛けられ、リボーンは正気に返る。
隣にいるのは、生きてる獄寺。
明日には、死んでしまう獄寺。
「どうなさったんですか?」
「いや…何でもない」
言えば、獄寺はそうですかと納得してまた別の話をする。
リボーンにはその話を聞く余裕などない。
リボーンは、明日獄寺をどう助けるか。それしか頭になかった。
既に死神としての使命なんて捨てていた。
獄寺を、助けたかった。
死神が何を考えている、と笑われるだろうか。
しかし、リボーンにとって、それが本心だった。
考える。どうすれば獄寺の死を回避出来るのか。
明日、獄寺はバスに乗る。早朝から出る、隣町へのバスに乗るのだ。話を聞いた。病気の母の見舞いに行くのだと。
獄寺からは強い意志が感じられた。言葉程度じゃ止められない程の意志を。説得は不可能だ。正直に話したところで信じてはもらえないだろう。
ならば、どうするか―――
考えてる内に日は沈み、別れの時間となった。
もうお別れだなんて残念です、と寂しげな顔を浮かべる獄寺にリボーンはまた会える事もあるだろうと告げる。
…また会えるのだろうか? 会えるとして、会ってもいいのだろうか? 死神の自分が? とリボーンは自問自答。
そんなリボーンの心中を知らず、獄寺はそうですね、と笑って返した。
やがて獄寺は帰路に着き、リボーンは一人残される。
リボーンは獄寺を助ける為、行動を起こす事にする。
明日、「獄寺」が、事故に遭う「バス」に乗るから、獄寺は死ぬ。
ならば、獄寺かバス、どちらかをどうにかすればいいのだろう。
さて、どちらにしようか。
1. 獄寺をどうにかする
2. バスをどうにかする