翌朝。
早朝の道を一人、獄寺は歩いていた。
今日は前々から予定されていた母の見舞いの日だ。
始発のバスに乗っても病院に着くのは昼過ぎ。少し話をして、帰る頃には夕暮れ。
一日のほとんどがバスの中で揺られているだけ。けれど獄寺はその時間も嫌いではなかった。
行く時は会える母を思えるし、帰る時は会った母との思い出を振り返れるから。
そんなわけで、意気揚々と道を進む獄寺。
しかしその顔が、やがて険しいものへと変わる。
バスが、来ないというのだ。
というか、バスが壊れたとか、なんとか。
しかもこの町を走るバスというバスが全て、一斉に。
一体何の嫌がらせだ。
昨日まで普通に走っていたではないか。
というか、何故今日に限ってなのだ。どうしてもう一日頑張れなかった。根性無しめ。
当たり前だが、途端不機嫌になる獄寺。煙草を吸ってもちっとも気が晴れない。
そんな時だった。
つい3日前に知り合った、まだ幼いとすら呼べる、しかし只者ではない黒い少年を見つけたのは。
「リボーンさん」
「ん? おお、獄寺。奇遇だな」
何故か、どことなく奇遇の部分を強調して言われた気がする。まあ、気のせいだろうが。
「ええ、奇遇ですね―――はぁ」
「ど、どうした」
思わずため息を零してしまった獄寺に、リボーンがおどおどと話し掛ける―――何故か悪い事をしてしまった時の子供の顔にも見えるが、リボーンが何か悪い事をしているわけがない。
「いえ、何で奇遇なのか思い出して…聞いて下さいよリボーンさん、バスが…」
「あ、ああ…」
落ち込みながらも説明する獄寺に、リボーンがどこかおろおろとしている…気がするが、まあ、きっと気のせいだろう。このバスの件にリボーンが絡んでいるわけがないのだし。
獄寺の話を聞き終わり、リボーンが尋ねる。
「そんなにバスに乗りたかったのか?」
「当たり前じゃないですか」
「死んででもか?」
「え?」
不意の質問に、獄寺の思考が止まる。
死んででもバスに乗りたいか。何だか話が飛躍した気がする。死んででもバスに乗りたいか? そんなの答えは決まってる。
「そんなわけないじゃないですか」
「ないか」
「ええ」
バスはあくまでも交通手段であり、命を掛けるものではない。母に会いに行くためにバスに乗るというのに、死んだら会えないではないか。
しかしリボーンは獄寺の答えに満足したようでうんうんと頷いている。安心しているようにすら見えた。自分の返答の一体何がよかったのだろう。
ともあれ、済し崩し的に二人歩く。何となく歩いている内、路地裏の方へと進んで行った。朝のくせに強い陽射しを避けて行った結果だった。
路地裏は人気がない。
この辺りは治安が悪いのだ。先日のごろつきの根城や、マフィアのシマもある。
けれど獄寺はいつも割と普通に歩いてる。そのせいで衝突し傷だらけになる事もしばしばだ。
何となくその事をリボーンに話すと、リボーンは「なるほど」と頷いた。
…なるほど?
リボーンは一体何に納得したのだろう。聞いてみれば、リボーンはあっさりと答えた。
「誰か着いて来てる」
「―――」
どちらだろうか。ごろつきか、マフィアか。まさかこの場でそれ以外の奴がいるとは思えない。
見上げるリボーンに「睨み付けられてるぞ、お前」と言われ獄寺は心当たりを捜し、有り過ぎてどれだか分からないという結論を早々に出した。
「あと、オレは今日は何も出来ないからな」
「え…」
突然の発言に驚く獄寺。
オレは、今日は、何も、出来ない。
何故出来ないのか、出来ない理由があるのか、まさかあの日、獄寺と会った日、ごろつきと相対している時に…
「怪我でもなさったんですかリボーンさん!?」
「全然違うが、まあそうだ」
否定し、肯定された。獄寺はリボーンは混乱してるのだ、と決めつけた。
なお、事実としてはただ単に今いる人間にはリボーンの姿が見えないからリボーンには何も出来ないという事なのだが、流石に言えないのでリボーンは適当に話を合わせた。適当過ぎた。
対し、そんな事を知らない獄寺はわなわなと震えていた。
恩人であるリボーンが、自分より幼い子供が、自分のせいで怪我を負っていたなんて!!
獄寺は自分を恥じた。
「…面白い動きをするのはいいが、後ろの奴をどうにかしてからの方がいいんじゃないか?」
リボーンの突っ込みに獄寺ははっと正気に返る。そうだ、今は嘆き悲しんでいる場合ではない。
火の粉を速やかに払い、すぐにでもリボーンを病院へ連れて行かなければ!!
1. 火の粉を払うのを優先
2.リボーンを病院へ連れて行くのを優先