今日はここまでだ。


リボーンはそう結論付け、目を瞑る。


そして時間が経つのを、ただひたすらに感じていた。


朝になるまで、ただ待っていた。





―――夜の音がする。





木々のざわめき。


風の揺らめき。


川のせせらぎ。


梟の鳴き声。


虫の音色。





あの場所とはまるで違う。リボーンの住む世界、リボーンの住む部屋とは、まるで。


あの場所は静かで、静か過ぎて、何も聞こえない。


目蓋越しにも届く月の光。


あの場所にはないものだ。あの場所は暗い。夜になると暗くなり過ぎて、何も見えない。


そしてこうしている間にも誰かが死に、誰かが生まれている。


獄寺も、死ぬ。


あと2日後に、死ぬ。


その魂を回収して、またあの部屋に戻って、仕事が来るまで眠る。


それがリボーンの全てだ。










朝。


頃合を見計らってリボーンが部屋を出てリビングまで行くと獄寺が朝食の準備を終わらせていた。





「起きられましたか、リボーンさん」


「ああ」





起きたもなにも、最初から寝てなかったが頷いておいた。


獄寺が朝早くに部屋を出てキッチンで何かをしているのにも気付いていたが、物音を立てないようにしていたので―――近くに民家もなく、家人もいない屋敷内で静かにする理由は恐らく自分に気付かれないようにするためだと推測したので―――獄寺の様子を見るのは諦め、暫く待機していたのだが朝食の準備をしていたらしい。


もしかしたら、昨夜料理を褒めた事で獄寺の中で何かが燃えたのかも知れない。見えない何かが。


二人、二人で食事をするには少し大きいテーブルにつき食事をする。テーブルにはあと二人分の椅子が入りそうだった。昔はここで家族と食事をしていたのだろうか。





「寂しくないのか?」


「え?」





獄寺は最初、何を言われたのか分かってないようだった。だが少しして、質問を理解する。


家族もおらず、使用人とも折り合いが悪く、広い屋敷に一人で、寂しくはないのかと問われたのだと。


獄寺は微笑とも苦笑とも区別の付かない笑みを見せ、困ったような声を出す。





「今は、もう慣れましたけど、最初の頃は、まあ、寂しかったかも知れないですね」





よく覚えてないです、と笑う獄寺にリボーンはそうか、と返す。


リボーン自身、寂しいという感覚はよく分からない。


リボーンは死神の世界ではあの狭く、重苦しく、冷たい部屋に一人でいるか、主に仕事を貰うか報告に行くかぐらいしかしてないが―――更には同僚と会話などそれこそ数えるぐらいしかした事がないが―――それでも寂しいという感覚を得た事はない。





「ああ、でも―――」





獄寺は続ける。


リボーンを見ながら、言葉を紡ぐ。





「昨夜は、久々に楽しかったですよ」





ぐっすり眠れましたし、と獄寺は笑う。


まあ、殴り合いの喧嘩をして体力を消耗した上、二人分の食事を作ったのならばいつもより疲れてその分眠れるだろうなとリボーンが返すと獄寺は苦笑した。


そういう意味では―――という呟きが聞こえたが、どうやら独り言のようだったのでリボーンは黙っておいた。別の意味ならどんな意味なのか聞きたかったが、何にしろ理解出来ないのだろうと結論付けた。










「リボーンさん、どこかに行かれるんですか?」





獄寺がそう問い掛けてきたのは、獄寺が食器の片付けを終わらせてからだった。


一応、リボーンは当てもなくこの町に辿り着いた旅人である役を自分に課した。人間界に来るときは何かしら偽りの役割りを自分に与えると演じやすい。


今回はその事をすっかり忘れていて、急遽考える事になって、結局獄寺に聞かれた旅人を採用した。


旅人である事は嘘で、しかも昨日獄寺に旅人かと問われ否定しておきながら今日は旅人であると言って二重の嘘になっているが仕方ない。人間はこういう嘘を二重三重と積み重ね自滅するが、そういうのを何というんだったか―――


…考えたが思い出せなかったので目の前の獄寺に集中する事にするリボーン。質問はどこかに行くのか。


結論から言えば、行かない。というか、獄寺の行く場所がリボーンの行く場所である。ターゲットと接触。これがリボーンの仕事だ。





「特に、用はないな」


「そうですか。…あの、もしよろしければいくらでもここに泊まって行って下さい。昨日助けて頂いた礼です」


「そうか。ならもう暫く厄介になるかな」





リボーンがそう言えば、獄寺の顔が見るからに明るくなる。何か嬉しい事でもあったのだろうか。


まあいいと、ついでにリボーンは滞在期間を告げる。滞在期間。この場にいなければならない期間。あと2日。


言えば、獄寺は少し不意を突かれた顔をした。予想外というか、困ったというか、そんな顔を。


予想以上に滞在期間が長かったのだろうか。なら切り上げ、他の場所に移ってもいいのだが。


そう言えば、獄寺は慌てて言った。





「ああ、いえ、違うんです」


「違う?」


「ええ…その、その日は…オレ、朝から用事がありまして…リボーンさんとお別れが出来ないな、と思いまして……」


「用事?」


「ええ、どうしても外せない用事が…」


「…車を使うのか?」


「車…? そうですね、バスに乗りますが」


「………」





どうしても外せない用があり、車に乗る。


獄寺隼人の死は交通事故によるもの。


ならば、獄寺の乗るバスが事故に遭うのだろう。それが全て。それが未来。


2日後、獄寺は一人バスに乗る。窓際の席に付き、頬杖を突いてぼんやりと窓から見える景色を眺める。


やがて急ブレーキが掛かり車内全体が激しく揺れる。悲鳴が上がり、何人かは座席から放り出される。


バスは急激に掛けられたブレーキによりバランスを崩し横転し―――止まる。そしてそのバスに、リボーンが静かに歩み寄る。


リボーンはいつもの無表情で、バスを踏み付ける。足元を見る。


そこには、獄寺の―――もう動かない、獄寺の―――その眼に何も映さない、獄寺の―――ころころと変わっていた表情には痛みと怯えが貼り付けられ、それがもう変わる事のない獄寺隼人の亡骸が―――――





「……………」





1. 何も言わない


2. 警告する