リボーンは窓を開け、そこから抜け出た。
部屋は2階だったが、何の問題もない。死神に人間の常識は通用しない。
軽々と降り立ち、リボーンは町へと向かった。
夜の町は明るい時と比べ、雰囲気が全然違う。
シン、と静まり返っている場所もあれば下手すれば昼間よりも賑やかな場所も存在していて、ちぐはぐしている印象を受けた。
そんな通りを抜け、リボーンが向かうは大きな建物。
鍵を壊して中に入る。不法侵入? なに、死神は人間の法に縛られない。
建物の中には、大きな鉄の塊が所狭しと並んでいた。
それは人間たちの交通手段の一つに使われている。
バスと呼ばれるものらしい。
リボーンはバスの一つに近付き…
ガシャン。
壊した。
リボーンの小さな拳は容易く鉄の壁を貫き内部を破壊する。
獄寺は、2日後このバスに乗るらしい。
聞いた時間と照らし合わせて、恐らくこのバスが交通事故に遭うのだろうと推測。そして結果獄寺が死ぬ。
聞いた。2日後、母の見舞いに隣町まで行くのだと。早朝から家を出て、始発のバスに乗るのだと。
なら、バスに乗らなければ、バスに乗る事が出来なくなれば…
リボーンは自分がしている事に何の疑問も持たなかった。
死神である自分が、回収しなければならない人間の命を助ける行為をしている事に、何の違和感も持たなかった。
起きた時は、人間の世界に降りてきた時は、確かに仕事をしに来たはずなのに。魂を回収しに来たはずなのに。
けれどターゲットと接触して数時間しか経っていないのに、もう真逆の行為をしている。
理解出来ないと頭を抱えられるだろうか。死神が何をしていると後ろ指を指されるだろうか。この気持ちはおかしいだろうか。
彼を、獄寺を、死なせたくないと思うのは。
けれど何を言われてもどう言われてもそう思ってしまった事は仕方がない。
そして、気付けばここにいて、こうしてる。
…ああ、なるほど。リボーンは思う。
先程、数時間前、会って話している話題の中で、獄寺が言った一言。
「ですから、身体が勝手に動いたからです! オレああいうの見ると見過ごせないんですよ自分を騙してるみたいで!!」
しっくりときた。
まさに今、リボーンの身体は勝手に動いている。止めようとも思わないが、思うよりも前に腕が、足が動いている感覚。
見過ごせない。そうなのだろうか。自分は、自分の仕事は見過ごすどころか見殺しにする事なのに。
自分を騙しているみたい。カチッとピースが合わさったような音が聞こえた。
けれどそれを認めるという事は、
自分は誰の魂も回収したくないという事で。
何を今更、と笑われそうだ。
今まで散々魂を回収しておきながら、本当はこんな事したくないなどと、何を今更。
けれど、今目の前に広がっている光景が答えだ。
この建物、この町を走るバスというバス全てが壊れていた。
一つ壊した程度では、他のバスで代用する可能性がある。獄寺の命を救う為には全てのバスを壊す必要があった。他の人間の迷惑など知った事ではない。
リボーンは満足感を得て屋敷に戻った。
翌日。
リボーンと獄寺は表通りを歩いていた。
リボーンはもう帰ってもいいのだが、獄寺の死ぬ時間までは人間の世界にいられる。リボーンは残る事にした。助かった人間も、本来死ぬはずだった時間までは死神が見えるらしいし。
ある一角で、人だかりが出来ていた。昨日リボーンが忍び込み、バスを壊して回った建物の前だ。
何事かと獄寺が見に行く。そして言葉を失った。
建物の前には張り紙が貼られており、要約するとバスが誰かに全部壊されたので暫く動かせないと書かれていた。
リボーンは自分の思う通りに運んでいて内心でよしよしと頷いていた。しかし他の人間は怒ったり文句を言ったりしていた。獄寺もその一人に加わっていた。
「ああ、もう何なんですか一体!」
「まあ、落ち着け、獄寺」
「落ち着けません!!」
あれから。
獄寺を含む大勢の人間はバス会社の人間に文句を言おうと戸を叩いたが中には誰も居ないようだった。代用のバスの手筈に追われているのか、はたまた逃げたのか。
怒りをぶつける相手をなくし、獄寺はずっと機嫌が悪かった。実はその相手はすぐ隣で歩いているのだが当然獄寺は気付かない。
「愉快犯ですかね…全く、こんな事をして一体何が楽しいのか!!」
「楽しくてやったわけじゃないかも知れない」
「…どういう事です?」
訝しげに聞いてくる獄寺に、リボーンは答える。
「例えば、壊れたバスの一つが近い未来事故に起きる事を知った奴がいて、その事故を防ごうとバスを壊したのかも知れない」
「…奇天烈な話ですね」
だが事実だ。とは流石にリボーンも言わない。
「でもそんな事有り得ませんよ」
「有り得ないか」
「ええ」
何故か断言されてしまい、リボーンは本当人間ってわけわかんねーなと思った。
「事故なんて起きるものですよ。オレも何度か遭遇しました」
「次の…そう、お前が乗るはずだったバスが事故に遭ったかも知れない」
「嫌な話ですが…どれだけの確率だってんですか」
「確率が存在する以上、起こりえない事ではない。そして、その事故でお前は…もしかしたら死んでいたかも知れない」
獄寺はきょとんとした顔をリボーンに向ける。
「起こり得ませんよ、そんなの」
「そうか…」
起こり得るのに、どうして人間というものは自分に対してはこうも楽観的なのだろう。人間を理解出来る日は遠そうだ。というか、まあ、多分来ない。リボーンも別に理解したいわけではない。助けたくはあるが。
獄寺は見るからに気落ちしていた。死んででも行きたかったのだろうか。悪い事をしたかも知れない。
だが、まあ、やってしまった事は仕方ない。リボーンは気持ちを切り替えリボーンなりに獄寺の気を背けさせる事にする。
確か、人間の子供というものは、遊ぶのだ。遊べば大抵の事はどうでもよくなる。らしい。よく分からない。
「獄寺、遊ぼう」
「…はい?」
だからリボーンは獄寺を遊びに誘ったのだが、獄寺は不意を突かれていた。
獄寺は暫しリボーンを見つめ…思った。
リボーンはきっと、退屈しているのだ。
いくら大人びているとはいえ、まだまだ幼い子供。遊び盛り。
獄寺はリボーンの年相応らしい一面を見て、少し穏やかな気持ちになった。
そして兄性本能とでも呼ぶのだろうか? よき兄でありたいという気持ちがむくむくと湧いてきた。
「分かりました。リボーンさん、遊びましょう」
「ああ」
リボーンは何故か自分が気遣われた気がしたが、まあ気のせいだろうと結論を出した。
「それで、何をして遊びましょうか」
「む…」
言われて困った。当然だが、リボーンは人間のする遊びなどした事がない。
だが遊ぼうといった手前、遊びを知らないとは言えないだろう。リボーンは考える。
まあ、待て。落ち着け。リボーンとて人間の子供が遊んでいる姿ぐらい見た事がある。いくつかは名称だって知っている。それを言えばいいだけだ。
リボーンは思い出す。人間がする遊び。その名前。
それは…
1. かくれんぼ
2. 鬼ごっこ